通勤時に見える景色は、毎日同じですか?確かに、物理的に言うと、同じ場所に同じ方法で行くと
ほとんど同じ景色だと思います。
ただ、本当にその景色は、あなたにとって同じですか?
意識・気持ち・考え方が変われば、見えるものも
変わってきませんか。
僕は車通勤ですが、
周りを見る
「ものさし」「フィルター」を
意図的に切り替えて景色を見ることがあります。
青い物を意識したり、寿命が10年以上のものを意識したり
意識を意図的に変えることで、見えてくるものが
変わります。
例えば、僕はビートルに乗っていますが、
対向車でビートルが通ると必ず見てしまいます。
ビートルに乗る前には、全く眼中に入っていなかったものが、
今では、必ず気付くようになっています。
これは、典型的なフィルターが変わった例ですね。
「フィルター」は、意識するだけで無限に増えていきます。
例えば、意識する観点を
スピード・値段・役立ち度・強度・色彩・大きさ・寿命・
おいしさ・健康度・自慢度・希少価値・環境適応度等それぞれ切り替えていくと、同じ物事でも全く違った
ものに見えてきます。
言い換えると、新たな「ものさし」を与えないと、
その価値は生まれないと言えます。
例えば、今まで車を選ぶものさしとして、
かっこよさ、希少価値、価格、ステータス、乗り心地
安全性、性能等を持った人に、
環境という「ものさし」の価値を創造することにより、
ハイブリットカー > ベンツという事が起きるかもしれません。
いろんなものを見たり感じたりする時、
人は、いろんな価値・感性・好みなどを通して
それぞれを受け入れていますね。
判断基準を価値・感性・好みと言っていますが、
それぞれの事象を細かく分解していくと、
毎分、毎秒、一瞬ごとに「ものさし」が七色のように
入れ替わっているのではないですか。
人間は、無意識に○百万もの「ものさし」を
その瞬間瞬間で変えていっているのではないでしょうか。
だからこそ、意図的に「ものさし」を限定して
景色を見ることは、非常に必要だし、新たな発見を
与えてくれる行為だと思います。
また、「フィルター」を意識していくと、
それぞれの判断が、
自分の「フィルター」で考えたものなのか
その他大勢の一般と言われる「フィルター」から
来るものなのか、気付いてこないでしょうか。
その他大勢の人の常識という「フィルター」を
通して生きていると、
周りの不確定な価値変動の流れに乗ることが
心地よく、それ自身に安心し、
自分という「フィルター」がなくなっていることに
気付きます。
なにか、概念的で、まとまりのない文章で
申し訳ありません。
とにかく、言いたかったのは、
景色は変わるということ。それだけです。
posted by えび at 00:51| 兵庫

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【コラム】
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